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サンタフェへの旅3ーサンタ・フェ到着 [アメリカ観光]

 心配が的中し、サンタフェ近くの屋外ミュージアムが冬季休業中だったので、サンタフェで宿泊するホテル「Sage inn」には3時頃に到着してしまいました。こんなことならアルバカーキでミュージアムひとつ入ってこれば良かったかも・・と後悔するもあとの祭り。もちろんホテルに荷物を置いて即出かければ、サンタフェのミュージアム見学の時間はあったのですが、早起きのせいもあり、一旦ベッドに横になったとたんに動けなくなってしまい・・・1時間くらい・・・そのまま。「こんなんじゃ、いかーん」と我に返り街へ。

 Sage innはサンタフェ観光の中心地からはわずかに離れており、プラザまでは歩いて20分弱。その分ちょっとお値段安め。で、2night get 1night free なもんだから、3泊すればさらに安い。セリリョス・ロードを挟んだ向かい側には「サンタ・フェ・レールヤード・パーク」で、隣は「ホール・フーズ・マーケット」です。

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サンタ・フェ レールヤード・パーク
営業休止中・・・経営やばいのか??

 オールドタウンに向かって適当に歩いて偶然見つけてふらっと入ったのが、「Monroe Gallery」という写真のギャラリー。どうやら、私は意識とは無関係にこの手のギャラリーに惹かれるようで、事前知識があるわけでもないのに、ふらっと入っちゃうんですね。

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Monroe Gallery

 普通の写真ギャラリーかな〜と思いながら、よく見ていくと・・・凄い写真がたくさん(@o@)

 外からも見える手前のギャラリーでは、ちょうどケネディー一家どちらかというと奥様メインのの写真・・を絶賛展示中。しかしもっと凄いのが、奥のスペースで、そこには超有名な歴史的写真が無造作に値札とともにぶら下げられていたのでした。

たとえば・・・

モハメド・アリ対ソニー・リストン
 倒れているソニー・リストンの横で、ドヤ顔で仁王立ちするアリの写真

ヘミングウェーの肖像写真
 最もよく見かける2銭切手の乃木希典みたいな肖像写真
 (って、喩えが分からない?)

マリリン・モンロー
 良く見る写真だったけど、どれだったか忘れた。

キング牧師
 警官に拘束されるところの写真。
 日本では馴染みの無い写真かもしれませんが、
 キング牧師関連の資料館いくと、たぶん必ず紹介されている写真。

パリのホテルのベッドの上で枕投げをするビートルズの写真 
 これはコンビアの美術館でやったロック写真展でも見ました。

サイゴンの処刑
 べトコンが射殺される瞬間の写真。
 ピュリッツァ賞受賞作品。

硫黄島・摺鉢山の星条旗
 有名なあの写真です・・・ピュリッツァ賞受賞作品。
 これが一番高かったはずです・・・約$18,000
 それでもニューオリンズで売っていた、
 アンセルアダムスの写真よりはずっと安いですけどね。
 他のはこの半額くらいだったかな。

と、こんなのが、数十枚ぶら下がってたんです。


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ギャラリーを出た後は、ウインドーを覗きながら街を散策。昼飯の量が多すぎたためか、お腹が空かないので、夕食はケーキだけ(爆)。男一人旅なら普通は酒場に潜入するところなのでしょうがあたしは酒飲まないから、よほどじゃないとバーとかには入らないのです
 
 ということで、
夜はカフェでケーキだぜいキュートだろう?

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サンタフェへの旅2ーアルバカーキへ [アメリカ観光]

 ニューメキシコの玄関口であるアルバカーキ(Albuquerque)にはアトランタからデルタの直行便が出ています。お値段は1stopの他のフライトのほうが安いのですが、多少高くても、一日潰れてしまう1stopより直行のほうがええわという判断で、これにしました。アトランタ発8時15分で、10時前にはアルバカーキの空港に着きます(時差で2時間戻るので)。4時前に家を出るシンドイ行程にはなりますが、これだと現地でほぼ1日使えてお得感があります。帰りはアルバカーキ発6時15分。やっぱり早起きが必要ですが、これをたとえば10時発、12時発にしたところで、結局、現地で取材に使える時間はほとんどないので同じこと。もちろん夜明けの風景を撮る予定が無ければですけどね。
 
 さて、ここのところ、フライトのトラブルはあまりなかったのですが、今回はアトランタ発のフライトでちょっとしたトラブルに見舞われました。一旦乗りこんだ機体から降ろされ、別のゲートの別の機体に乗り換え。どうやらトコロテン式に使用機材の変更をした模様です。アトランタはデルタのハブ空港で、機体は豊富にあるから、そんなことが出来るのでしょう。これが帰りのフライトだったらキャンセルだったかもしれません。でも、この手の案内って、たいてい騒々しい中で○×※△×※と喋られるので、何を言っているのか私にはよくわからないんです。実に不安(^^;。

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皆様爆睡中

 席はかなり余裕があって、3列シートには私一人。横向いて足を延ばしてリラックスできました。この時間を利用してガイドブックの読み込み開始・・・今頃かい!!。最近はたいていそんな感じです(^^;

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もうすぐアルバカーキ
見えているのは世界最長のロープーウェイがあるサンディア山脈かな

 そんなこんなで、予定より2時間半くらい遅れてアルバカーキに到着です。荒野の中に巨大な都市があるという風情は東南部の風景とは全く違います。承知のこととはいえ、インパクトはありますね。

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オールドタウンにて

 レンタカー貸し出し所は空港から少し離れたところにあって、空港からはシャトルバスでアクセスするシステムでした。いつものハーツ・レンタカーで、今回はチープなカローラを。AAA(日本でいうとJAFね)レートで4日間、$122.36。車両の保険とガソリン満タン分前払いを含めると$293.19。

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オールドタウンにて

 まずはアルバカーキのオールドタウンに向かうことにします。

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オールドタウンにある教会

 本来なら午前中に着いたはずなので、オールドタウンにあるミュージアムをひとつくらい片付けとくつもりだったのですが、それは飛ばすことにしました。さらっとオールドタウンを眺め、昼食はメキシカン。で、終わり! みたいな観光。サンタフェの手前にある、ネイティブ・アメリカンの昔の暮らしを再現したミュージアムに寄るためにアルバカーキを早めに引き上げたかったのです。ただ冬季はお休みの可能性があるのでチト心配。

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空ペットボトルでツリーを制作中でした

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サンタフェへの旅1ーアルバカーキへサンクス・ギビングにはサンタ・フェに [アメリカ観光]

 サンクスギビングの連休を利用して、ニューメキシコ州サンタ・フェ(Santa Fe)という町に行ってきました。サンタ・フェというと、こちらではメキシカン料理の店の名前によく使われておりますが、日本ではかつて篠山紀信撮影による宮沢りえ写真集のタイトルとして世間を賑わせました。撮影はここ「サンタ・フェ」で行われたそうです。

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サンタ・フェ

 それはさておき、まずニューメキシコ州ってどこよってことですが・・・メキシコというくらいですから、メキシコに隣接しています。南のほうだから暖かいだろうと思うとさにあらず、標高が高いので結構気温は低めです。
 ちなみにメキシコに隣接している州は西海岸側からカリフォルニア州、アリゾナ州、ニュー・メキシコ州、テキサス州で、いずれも一時期はメキシコだったこともある地域です。そんなわけで、メキシコ、スペインの影響が強く、建物だけを見ても、東部とは全く違っていて、まるで別の国に来たようです。もちろん街中の表記は英語なのですけれど、町の名前はほとんどスペイン風。人種もヒスパニックがとても多い。スペイン語を話す人も非常に多い。

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サンタ・フェ

 多くのネイティブ・アメリカン部族の保留地があり、それが観光資源ともなっています。州都が今回訪れたサンタ・フェ。1607年にスペイン人が建設した、アメリカの宝石とも呼ばれている美しい町です。

 一方でこのあたりは、アメリカの核兵器開発と原子力産業の中枢としての側面ももっており、日本に投下された原爆も、サンタフェの近くにあるロスアラモスの研究所で開発され、この地で採掘されたウラニウムを使って作られました。

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サンタ・フェ

 そんなニューメキシコ。今回の旅はあちこち車で走り回るのではなく、サンタ・フェに連泊して周辺をぶらっとするスタイルにしました。サンタ・フェでは"2 night get 1 night free"というセールをやっているホテルをwebで発見して予約。もちろん3泊。街の中心まで歩いていける距離のホテルとしてはかなりお得感アリでした。サンタ・フェにアクセスするための空港は、便数が多いアルバカーキの空港を利用します。アルバカーキからサンタフェまではおよそ60マイル、1時間ちょいです。

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アルバカーキ

訪れたところは下記の通り。

 アルバカーキ
   オールド・タウン
   ペトログリフ・ナショナル・モニュメント
   ミニ・トレイルを一箇所。

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ペトログリフ

 サンタ・フェ
   オールド・タウン
     プラザ、サンミゲル教会、セントフランシス教会、
     ロレット・チャペル、サンタフェ鉄道(営業休止中)
     ニューメキシコ美術館
     街中のギャラリーの冷やかし・・・などなど
 
 バンデリア・ナショナル・モニュメント(ロスアラモス)
   先住インディアン居住跡です。
   ショート・トレイルを2コース。
 
 タオスプエブロ(タオス)
   世界遺産にも指定されているネイティブアメリカンの白川郷。

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タオスプエブロ

 チマヨ教会(チマヨ)
   
 ターコイス街道(車で走っただけですが)
   セリオス村・・・とか。

冬季クローズドのところもあり、日が短いこともあってあまり多くは見れませんでしたが、異文化体験としてはなかなかでした。

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NFL カージナルズ vs ファルコンズ [アメリカ観光]

グレートスモーキー・マウンテン鉄道チャタヌーガ・チュウ・チュウ鉄三昧の後は、アトランタジョージア・ドームへ。チャタヌーガからアトランタまでは2時間とちょっとのドライブです。

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ジョージアドームで行われるのは、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ) アリゾナ・カージナルズ vs アトランタ・ファルコンズ。前回観戦したノースカロライナ、シャーロットのバンク・オブ・アメリカ・スタジアムは屋外競技場でしたが、アトランタは室内「ドーム」です。

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ゲーム前
お父さんがコドモ達に説明中?

で、ちょっとカメラの話なんですが、これがいつも悩むんですよ。どの程度の機材までなら許されるのかって。

パンサーズのホーム、シャーロットのスタジアムではこうでした。
"Small still cameras are permitted in the stadium. Video cameras are not permitted per NFL rules. Tripods or any other similar equipment that couldbe a tripping hazard are also not allowed. "

Small still camerasって・・・・曖昧 (^^;
三脚はあかん。たぶん一脚もダメなんじゃないかな〜。傘がだめだったから。

ジョージアドームのサイトにはこう書かれていました。

"For most events Small personal cameras are allowed. "
やはりね、「Small personal cameras」なんです、許されているのは。

"Professional cameras and cameras with interchangeable lens are prohibited. "
プロフェッショナルカメラはだめです。
で、レンズ交換式カメラもだめだって。

"Lens must not exceed 6 and camera bag must not be larger than 8 ½ wide x 13" long x 5" deep. "
でもですよ、この文にはレンズは6本を越えちゃダメって書いてあるような気がするんですよ。
レンズ交換式カメラがダメで、レンズ6本OKってことは、カメラ6台までOK?
本数じゃなければ「6」って何? 焦点距離じゃないし。もしかすると、構成レンズの枚数??? 3群4枚の単焦点レンズはOKだけど、13群16枚のズームはNGとか・・・なわけないでしょ。

意味が分からないので、ここは都合よく前文の「レンズ交換式カメラがダメ」ってのを無視して、レンズ6本までOKを信用して勝負。で、大きなカメラバッグはだめってことだから、ロウプロの一番小さなショルダーを。

ちなみにビデオカメラは基本的に持ち込み禁止になってます。

ドッキドキのセキュリティーチェック(爆)

それはカメラバッグですね。開けてください」と。
レンズ出してください」と。

こんなんですけど(SONYの70-300mmのGレンズ)」

これは置いてかなきゃいけないですかね??

  どうやら許容されたらしい \(^o^)/

たぶんですよ、すげぇレンズじゃなければきっと良いんじゃないかなと。
スペックが同じでも、白いやつとかはヤバイかもしんない。

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選手入場のたびにファイヤー!! 派手

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試合開始前のイベント
この写真をFUJI X10で撮ったとき、後の席のおばさんが液晶画面を見て
「あら、あなたの写真、いい写真ね!!」だって。
そりゃどうも!!

今回の席は、前回観戦時に「あの辺に座ってみたいなぁ」と思って見ていたエンドライン側2列目(流石に最前列は取れなかった)です。全体の動きがちと分かりづらいという難点はありますが、良い席です・・・そりゃそうだ。お仕事カメラマンがデカイレンズを持って、すぐ目の前で撮ってるんですが、ポジションは同じでも、使うレンズの差はやはり出てしまいます。Web上でそれらの写真をチェックすると、後ろの選手の姿が少しボケてくれるだけで、見栄えがずいぶんと違う。高いレンズを使う必然性はやはりあるのですよ。カメラマンの中にはチープなレンズだけで撮っている人もいました。あれはなんだったのでしょう。

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今回は圧倒的にキヤノンが優勢のようでした

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もちろんニコン派もフル装備で頑張る

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えっ? あんた誰?

試合のほうは、前回のパンサーズのゲームに比べると展開が地味で、迫力にはやや欠けましたが、それでも逆転でホームチームが勝つという展開。なぜか私が観戦したゲームはメジャー・リーグもNFLもホームチームが勝つんですよね。
   
    1QT 2QT 3QT 4QT
ARI  13   3   0  3       19
ATL  0   16   0  7       23

1'stQTはファルコンズにミスが目立ち、カージナルズがタッチダウンと2回のフィールドゴールで計13点。なんだダメジャンの雰囲気でした。

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いや~ん

2'stQT、ファルコンズはフィールドゴールで3点、タッチダウンで6+1点、さらにフィールドゴールで3点追加し同点。残り37秒でカージナルズがフィールドゴールを決めるも、すぐにファルコンズも、フィールドゴールで同点。ここでハーフタイム。

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ファルコンズがタッチダウンで得点すると旗持って走る

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近い・・・(爆)

3'stQT:互いに得点無し。

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このあと、このケダモノはお姉さんを襲ってました

4'stQT:カージナルズがフィールドゴールで3点、再びリードするも、残り6:42秒でファルコンズがタッチダウン成功で6+1点ではじめてリードします。終盤はカージナルズの猛攻。4点差はフィールドゴールでは同点に出来ない点数なので、カージナルズとしてはタッチダウンを狙いに行くしかない展開なんですね。最後はファルコンズの防戦を客席総立ちの応援で、試合終了。盛り上がったっす。

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試合終盤は総立ち

ファルコンズは25日も勝ったからこれで10勝1敗・・・この日のゲームを見る限りあまり強そうじゃないんですが、なぜか好調です。

調べて見たら、ファルコンズのチアリーダーには日本人の方がいらっしゃるんですね。大石理絵さん。探しにいけば良かったな〜。

そう思って一応撮影画像をチェックしてみたところ、しっかり写ってました(爆)

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たぶん、右の方だと思われます

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満足して家路につくヒトビト

タグ:NFL
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ホテル チャタヌーガ・チュウ・チュウで、What happened? [アメリカ観光]

 ブライソンシティーの鉄道ミュージアムを見学した後、74号線を走ってチャタヌーガへ。時間に余裕が無く道草は出来なかったのですが、この道、新緑や紅葉の時期はさぞかし・・・と思われる良い道でした。ところどころに駐車スペースが設けられているのもGood。

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チャタヌーガ・チュウ・チュウとは、
シンシナティ・サザン鉄道が1880年に運行を開始した、
シンシナティ発チャタヌーガ行きの旅客列車の愛称である。

 チャタヌーガまで足を伸ばすことにしたのは、チャタヌーガ・チューチュー(Chattanooga Choo Choo)というホテルの、客車を改造して作られた「トレイン・ルーム」が土曜日にも関わらず奇跡的に予約できたからです。チャタヌーガには3年前に出かけていて、一通りの観光をしています。(そのときの記事はこちら) そのときもこのホテルに宿泊したのですが、部屋は普の建物の中。一度トレインルームに泊まってみたいなぁ・・・とずっと思っていたのです。

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かつての駅舎を利用したホテルのロビー

 ホテルに到着して、もとは駅舎であった立派なレンガ造りの建物の中にあるフロントへ。私が名前を告げると、フロントのお姉さんは、ちょっと待って、と奥に引っ込んでしまいました。嫌な予感・・・

案の定、戻ってきて言うには

トレインルームには泊まれない。アップグレードした別の部屋を用意するからそれでよいか?」と。
トレインルームじゃなきゃ意味無いじゃん・・・
とはいえ泊まらずに帰るってわけにもいかないので仕方なく了解。

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ホームに並ぶ客車。これらがトレインルーム。

 このホテルには、トレイン・ルームのほかに、ホテルとして3つの建物があります。カードキーを渡されて、私が向かった建物は、No.3。これって3年前と同じ建物じゃないか、意味ねぇ・・・・

 
さらに悪いことには、キーを差し込んでも鍵が開かない_| ̄|○
なんやこれ!
荷物を車に戻し、そしてフロントまで戻って・・・
 なにせ建物No.3ですからね・・・それも3階、ずいぶんと距離があるんです。

カードキーを作り直してもらって、再び部屋へ。

でも、やっぱり開かない_| ̄|○

ガチャガチャやっていると中から人が(@o@)?!。女性2人。
まさかそういうサービスであるわけがないので(どんなサービスやねん)、再びフロントへ・・・(だからさ、遠いんだっての!!)。

 開かない鍵を渡されたのは、これまでにも1度か2度あったけれど、すでに人が泊まっている部屋の鍵を渡されたのは初めてでした。

 「あのさぁ、この部屋番号3017で間違いないよね」
「そうですね~3017ですね~」
人が居るんだけどさ!!
 
また奥へ引っ込みまして・・・ぐちゃぐちゃ、ガサゴソ。
 
「では『4008』で・・お部屋の場所は・・・」
「No.3の建物の4階だろ、言われんでも分かるわ!!」

私が聞き取れなかっただけかもしれないけれど、謝ってる感じはしませんでした
$20ドル分のディスカウントチケットを黙って渡されただけです。
 
言うだろ普通、「申し訳ありません」って。
以前、開かない鍵を渡してくれたおばちゃんは「アイムソーリー」くらい言ったけどな・・。

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で、ようやくたどり着いた部屋は無用に広い(-_-)

           ・・・・いらんわ、こんなスペース。

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 夕食は、食堂車へ・・・意外と人気が無いようで(^^;、空いてました。

狭いこともあり、とってもアットホームな雰囲気でお勧めです。

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すっかり落ち着いちゃって勢いでデザートまで注文してましいました。お勧めだというチョコレートケーキを・・・。

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でかっ!! 甘いものには強い私ですが、すでにお腹一杯状態だったこともあり・・・食べ切れませんでした。

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グレート・スモーキー・マウンテン鉄道 [アメリカ観光]

 先週土曜日、グレート・スモーキー山脈の南麓で運営されている観光鉄道グレート・スモーキー・マウンテン鉄道(Great Smoky Mountain Railway)」に乗ってきました。

 鉄道全盛時代は、ここも貨物や旅客を運ぶ路線だったのですが、モータリゼーションの波を受け1948年に旅客輸送、その後貨物輸送も廃止されました。そのかつての線路の一部を使い、古い車両を集め、観光列車として走らせているというわけです。観光列車が走り始めたのは1988年。かつては地元の企業が運営していたようなのですが、今はコロラドのドランゴで蒸気機関車による観光鉄道列車を走らせている「アメリカンヘリテージ鉄道」という会社が運営しています。蒸気機関車とディーゼル機関車が並んで描かれているマークから想像できるように、数年前までは蒸気機関車も走らせていたらしいですが、今はディーゼル機関車だけです。おそら整備、修繕する資金が無いのでしょう。

 観光鉄道の基地となっているのは、チェロキーの西にあるブライソン・シティー(Bryson City )という古風な町。町自体がこの鉄道アトラクションの一部になっている感じさえします。駐車場・・・$5。あら・・鉄道利用者からも取るのね(^^;

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ブライソン・シティに停車中の列車

「紅葉の秋」がベストシーズンなので、本当はその頃か、もしくは新緑の季節に乗りたっかたのですけれど、いろいろあって乗りそびれ、晩秋というか、初冬というか・・・中途半端な今の季節に乗車することになってしまいました。幾つかのバリエーションがあるようなのですが、私が乗ったのはTuckasegee川沿いにディルスボロ(Dillsboro)まで往復する32マイルの旅。 折り返し点のディルスボロでは1時間とちょっと停車します。

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チケット売り場

 予約表のプリントをチケット売り場で見せると、乗車チケットと飲み物用のタンブラーがもらえます。これにコーラやコーヒーなどをセルフで入れるシステム。汲みにいったらコーヒーは空でしたけど。

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クラウンクラスの車両

 発車30分前に乗車開始。私はちょっと座席の良いクラウンクラスを選択。この他に、食事が出来るテーブルがついたファーストクラスと、安いコーチクラスがあります。

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ファーストクラスの車両

 季節によっては、オープンエアーの車両が選べるのですが、今の時期はオープンエアーの座席は選択できないようでした(たぶん寒いから)。しかし実際にはオープンエアーの車両が一両連結されていて、どこのクラスの人もそこに立ち入ることが出来るようになっていました。コーチクラスのチケットにしておいて、実際はオープンエアーの車両にずっといるというのが、アタシのような人にはどうやらベストの選択だったようです。

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オープン・エアーの車両

観光ポイントでは車内放送があります。
「このへんがチェロキーのマザータウンだったところです・・・云々」ってのと、
「ここが、映画「逃亡者」のロケがあったところ。ハリソンフォードと、トミー・リー・ジョーンズがどうのこうの・・・」ってのしか覚えてません・・・っつうか、分からなかった(爆)

 土産物や、ハンバーガーやホットドッグなどを売っている車両もあって、どのクラスの乗客でも利用できます。そこに行かなくても、ガイドブックやDVDの押し売りがやってきます。意外と買う人が多くて驚きます。

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お約束の写真撮影ももちろんあって、それぞれの座席にカメラマンがやってきます。アタシは買う気がないのでソッポ向いていたらスルーされました。実は切符の鋏み入れの車掌にもスルーされました(爆)。俺は透明人間かい!! 撮影後カメラマンは車内でしこしこプリント仕上げ。下車前に渡さなきゃいけないからね。

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 ブライソン・シティーを11時に出発した列車は、ディルスボロに12時半頃に到着します。そこは、かつて使われていたらしい売店などが閉鎖されていたりしてやや寂れ感が漂っていました。ディルスボロはhas more than 50shops, restaurants and more to enjoy.と書いてあったのですけれど、土産物屋はあるものの、食事に入りたくなるようなところがなかったので・・・(一応レストランはある)、往路の車内で昼飯を済ますというのが正解だと思います。

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ディルスボロ

 ノスタルジーに依存する観光は、時の流れによる客の減少は避けられません。その中で、鉄道という巨大な施設を維持していくのは大変なことだと思われますが、ただのアトラクションとしてだけでなく、歴史遺産の保存という側面もあるので、長く運営が続いて欲しいものだと思います。

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体を乗り出すと危険です

とはいえ「グレート・スモーキー・マウンテン鉄道はお勧めのアトラクションですか?」と聞かれたら、ちょっと返答に困ってしまうアタクシではあります。

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鉄道ミュージアム

 ブライソンシティーには鉄道ミュージアムがあります。鉄道模型の博物館。何ゲージっていうんだろう、ずいぶん大きなサイズの模型がずらり。もちろんジオラマの中をブンブン走ってます。ここはお勧めです(爆)

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入場料金は鉄道乗車料金に含まれています。ミュージアム単独での入場にはいくらかの入場料が要るはずです。誰もチケットのチェックをしてませんでしたけどね・・(^^;

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流してみました・・
 

映画・逃亡者


タグ:映画 鉄道
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結石のその後 [アメリカ生活]

尿管の中に入れてあったステント(ビニールチューブ)を昨日抜いてもらいました。

出かけたところは、先週入院した総合病院「Self Regional」ではなくて、「Greenwood Urological 」という泌尿器科の小さな病院です。先週、私を診てくれた先生はこの病院のドクター。「Greenwood Urological 」は総合病院の中にもオフィスを持っていて、そこの先生も兼ねているというシステムのようです。

ということで、総合病院の周りにはかなりの数の専門病院が立ち並んでおり、さしずめ病院ムラみたい。やや寂れた田舎町にしては、立派すぎるシステムです。

一応、また先週とは別の病院ということなので、SNSナンバーとか、病歴とか、常用薬とかの情報を、専用の用紙に記入しなければなりません。それに、「読んでサインして」という用紙が幾つか。よくわからないけど、とりあえずサイン。アメリカらしいなと思ったのは、担当の医者の履歴がきっちり書かれているってことです。その上で、患者の合意を取る。

もちろんwebにも情報が出てます。
DR. PRESTON TURNERが担当医。子供が三人いるって書いてある。

名前を呼ばれて、なぜか体重を測り、「身長は?」と聞かれて「cmでしか言えない」と答えたら、困った顔したので、免許証に書かれている身長を見せて、それを転記。尿の検査と血圧測定。

処置室へ。今日はステントを抜くんだよねと聞かれたので、「Yes」と答えていいのかどうか良くわかりませんでしたが、とりあえず「Yes」。
「トイレの中で下を脱いで、それで覆って出てきて」
とのことで、トイレへ。

「それ」というのは、半身を覆い隠せるほどの超デカイ紙ナプキンのようなもの。
それを腰に巻いたまま、処置用の椅子に。椅子は倒されベッド状に。


ちょっと見ますって、結局デカイナプキンを捲って、ち○こから引き出し用の糸が出ていることを確認。
けっきょく見るんだからわざわざ紙で覆う必要もないんだけどねぇ。

で、息を思いっきり吸ってから吐いて、そのときに抜きますよと。
ひぇ〜、痛いのか、痛く無いのか、よくわからんけど、もう為すがままに任せるしか無い。

ヌリヌルと異様な感触を伴い、結構太いビニールチューブが抜かれました。
痛くは・・・無かった。

あとは、「もしも痛くなったらアドビル飲んでおいて・・」くらいの感じで。
 (アドビルは超一般的な痛み止めの市販薬)

そのあと、先生が来て「石は出ましたか?」と聞かれたんだけど、これまで一週間、外に石が出てきた感覚は全く無いので「石は全然見てない」と答えたのですが伝わったのかどうかよくわからへん。一応、石が残って無いか検査くらいするのかと思ったら、そのまま終わり。「一年経ったら来て」だって。そんなもんすか。薬も特に無く・・バイバイ〜。

先週処方された、超強力な痛み止めは全く使っていないので、それを守り神にしてしばらく様子をみるようですな。

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腎臓結石を患う [アメリカ生活]

 残念なことに、ちょっとしたを得て、紅葉の撮影はチムニーロックをもって終わってしまいました。

 最初に痛みを感じたのは先週の金曜日、11月2日の未明でした。深夜に背中の痛みを感じたのです。内臓の痛み? いや、スジでも違えたのかなと思ってじっとしていたら、そのうち寝てしまい、朝起きたら全く痛みは無くなっていました。

 次に痛みを感じたのはその日の午後、位置は脇腹でした。でも一時間程度で痛みは無くなりました。

 そして夕方、今度は左下腹部。盲腸とは反対側だし、そもそも盲腸無いし・・・とか思いながら、自宅に帰り、食事も出来ず横になりました。胃腸炎かもしれないなぁ。でもそれにしては、下痢も吐き気もないから変だなぁと思いながら。

 横たわってじっと痛みに耐えていたところ、痛みの位置が徐々に動いているのに気がつきました。左から真ん中へ・・・。

 あっ! ここでようやく、私は、自分の体の中で何が起こっているのかを理解しました。背中から、脇腹、下腹部・・・尿管結石です。まず間違い無い。腎臓に石があるのは前から知っていたので、それが落ちてきたのでしょう。やれやれ。

 位置が体の中央に来るにしたがって、痛みは増してきます。911しようかとも思いましたが、「動いているのだからもう少し我慢すれば出るだろう」と思って耐えてみることにしました。しかしあまりの痛さにベッドの上でのたうち回ってしまいます。きっと、その姿をもし他人が見たら間違いなく911でしょう(笑)

 急に痛みが消え、体が楽になりました。ここまでは予想通り。とりあえず体中の冷や汗を風呂で流してさっぱり。

 これで一息と思ったところ、再び背中から痛みが始まったのです。

 2回連続なんて聞いてねぇ・・・

 再び数時間、痛みと格闘。で、再び楽に。

 そしたらまた・・・今度は脇腹から痛みが再スタート・・・。

 おいおい!!

 そんなことで、ほぼ24時間痛みに耐える羽目になってしまいましたが、土曜日の昼頃には、腹部に若干の違和感は残るものの、ほぼ落ち着き、普通に動けるようになりました。夜もゆっくり眠れましたし、そして日曜日も平穏に過ごせました。

 痛みは何度も膀胱に抜けた感じはあったものの、小便のときに石が出た様子はありません。小さくて気がつかずに出ちゃったのかなぁ・・・と、そのときは思いました

 いずれにしろ、月曜日に病院に行って検査をしてもらおう。

 ところが、夜、再び激痛が始まったのです。場所は右の下腹部ですが今度は全く動きません。うーん、これは出ないね。全く眠れない状態で一晩。そして、月曜の朝、とても自分で車を運転できる状態ではなかったので、会社の日本人お世話係様に電話をして、エマージェンシーに連れて行ってもらいました。「もっとはやく連絡をちょうだい」と怒られながら。

 車の中で「病院では痛みをゲージで聞かれるからね」とか、教えてもらいます。

 「今の痛みはどのくらい
 「えっと、超痛かったときに比べて3から4くらいです。

 痛み止め注射でようやく楽になり、その後CTスキャンで検査。その結果、尿管内に石があり、その大きさは6mmとのこと。で・・でかい。医者によると5mmを超えると自然排出の可能性が無いとのことで、「除去」をお願いしました。その日のうちに手術が出来るということで、応急処置室から病室に移動・・・・。

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 立派な個室で、まるでホテル。日本なら少なくともベッドが4つはあるだろうという広さです。家族とかが泊まれるようにとのことですが、きっと高いのでしょうねぇ。バスルームも立派。

Kindey-stones.jpg

 尿管にスコープを挿入しレーザーで結石を壊しますとのこと。その際、ステント(チューブ)を尿管の中に設置するのだそうです。まぁきっと殺されることは無いだろうと、リスクがどうのこうのととか書かれた書類にサイン
stent.jpg

 手術歴やアレルギー、常用している薬などの情報は、それぞれの処置がされる毎に聞かれます。何度も何度も・・。手術直前の説明とこれらの確認は電話による日本語通訳を入れて行われました。たぶん、そのほかの説明でも、日本語プリーズとか言えば、通訳を入れてくれるのでしょうね。911でもそんなことが出来たはず。今思えば、911も一度経験しておけばよかったかな、とちょっと後悔しています。もちろん積極的にそういう状況に身を置きたいとはもちろん思いませんが。

 まっ、そんな感じなので、アメリカ国内でぶっ倒れたらとりあえず、でっかい病院に運んでもらうのが吉でしょう。

 処置の間は全身麻酔だったので、実際にどうやられたのかはよく分かりませんが、どうやら処置は完了し病室に戻されました。血の小便、ち○こも痛い。

 とりあえず、翌日に退院。お迎えは、日本語がペラペラの方が来てくれ、薬局での処方薬の購入など(今までしたことがなかったので)、とっても助かりました


 今もステントは尿管に入ったままです。これがあると、膀胱に尿があまり溜められないので、おそろしく頻尿になるのです。しかもするときに痛い。来週病院にいくことになっているのですが、全部石は抜けているんでしょうかねぇ・・・。 で、そのときステントが抜けるのかどうか・・・早く抜いて欲しいものですが・・。

IMG_3764.jpg

タグ:病気、結石
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Greetings everyone. specially American people
I'm sory. this site is only Japanese.The written Japanese in this blog is complicated and have not been organized. So the automatic translation may be difficult . English is used on my flickr page which has a lot of bigger pictures with high quality. Please see my flickr page. Thanks.

BlueRidgeWalker またの名を「富嶽仙人」のアメリカ南部生活記

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